2006年04月11日

ある純情の記録

今日(4/10)は仕事を休んだ。
先週から首スジから右肩にかけて痛みを感じていた。
休暇届の理由の欄には「通院の為」と記入しているが、
心の中ではこうつぶやきながら書いた。


「愛と死をみつめる為」


マコミコブームである。
愛と死をみつめて』ドラマ本編を見たばかり(4.3)
ということもあるが、その後に見たドキュメンタリー番組
の影響が大きい。
#本編前に放送「実録・愛と死をみつめて
〜ミコは一生を生きた・マコは一生を生きる〜」
#ナレーションは重光英子役の木村多江さん.


今日、病院へ行ってきた。
家の近くに阪大病院がなかったので、
町の整形外科病院に入った。
中は外観と同じく年季が入っている。
元・町内会の集会場と言われたらすんなり受け入れるだろう。
ベージュのスリッパに履き替えた。


待合室は緊張する。
保険証を受付のご婦人に渡す時に電話番号を聞かれた。
何度も答えた。毎回、違う番号をご婦人が記入するからだ。
気持ちが声に表れて震えてしまったのだろう。
ご迷惑をお掛けした。


名前が呼ばれる。ノックをして診察室に入る。
重光先生(ユースケ・サンタマリア)はいなかったが、
年輩のベテラン先生が優しい顔をして座っていた。


病状を告げた。ベテラン先生が言った。
「まだ若いのに」
まさか。
先程まで家で見ていた『愛と死をみつめて』ドキュメンタリーが
ダイジェストで頭の中をかけめぐる。先生、お願い。
私はまだ生きていたい。


ベテラン先生は私の首を縦横に動かしたり、
両肩をひとしきり揉んだ後、伏し目がちにこう言った。
「じゃあ、ちょっと見てみますか」

レントゲン室に向かう。ベテラン先生の背中に続く。


♪マコ あまえてばかりでごめんね


頭の中はドリームズカムトゥルーバージョン
「愛と死をみつめて」であふれかえっていた。


レントゲン写真を撮るたびに部屋が真っ暗になった。
バシャっと音を光が首筋をとらえる。
私はミコ(広末涼子)のことばかり考えていた。
ミコは何度も何度もこの光をあびていたのだろうとか、
このほんの数秒の暗闇がミコにとってどんなに不安
だったのだろうかとか、考えていた。


「5分位で出来上がりますので、診察所でちょっと待ってて下さい」


その5分間の長いこと。
診察室を見渡していた。銀盤にのせられたピンセット。
窓際に置かれた首の骨模型の数々。ホルマリン漬けの瓶に入った綿。
ちらっと見える奥の部屋にはドアのプレートに「手術室」の文字。
覚悟は出来ていた。


ベテラン先生が部屋に入ってきた。なぜか無言のままだ。
初めて会ったときの先生の笑顔はどこかへ消えていた。
手元にはレントゲン写真が数枚。机の前の白い壁が突然光りだす。
白い壁に一枚づつ黒い写真を下から上にすくい上げるように
貼りつけていく。私の首筋の骨が数枚並んだ。


「何ともないですね」


ベテラン先生が笑った。こういう時に医者は笑うのだ。
「先生、本当ですか。私なら覚悟はできてます。
 本当のことを言って下さい」

「わかりました。じゃあね、ここが首の骨。七つ並んでるでしょ。
 まっすぐ並んでる。骨は異常なし」


“軟骨肉腫”という言葉がノドから出かかったが、あんまり
ベテラン先生が笑うので言うに言えなくなっていた。


「コリですね」
「…コリですか」
「冷やすのはよくないので、じゅうぶん温めて下さい」
「はい」


その後、別室に移り首を伸ばしたり縮めたりするマシーンを
10分ほど体験して湿布を受け取り、病院を後にした。


最後にこれだけは報告しておく。
ミコとは出会わなかった。




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テレビブログ編集部の方に、こちらの記事を紹介して頂きました。

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ある純情の記録」 (2006/04/11)
テレビの影響を受けてしまった日常のエントリです。
気持ちはよくわかります。
「本当は怖い!家庭の医学」など医療系番組の後は
病院が大忙しになるそうですしね。

From 僕らのドラマ


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posted by ozy- at 01:27 | 東京 ☔ | aada coda iu(0) | track back(0) | 2006年
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